
初めに、中西理事長の開会ゴングと理事長挨拶で始まりました。
各種報告依頼事項





会員開発研修委員会:家族会のお知らせ
未来創造委員会:青パトの件
未来創造委員会:隠岐JC相撲大会の件
総務広報委員会からのお知らせ
田村専務理事からの各種報告・依頼





小森理事長予定者
松下容子君
良本秀美君
三原明治君
新田祥平君
講演会
今月度からあたらしいメンバーが加わりました。
皆さんよろしくお願いします。

橋本昌也 君
はしもと まさや
トラストハウジング有限会社
「JC活動をこれから始めるということで、沢山の時間は
ありませんが、一生懸命がんばります。」
今回は池田市立「山の家」内で「スマイルファクトリー」を主宰する白井智子女史をお迎えし、
子ども達の自立を手助けしていく考え方、運営されてきた経緯と現在をご講演いただきました。
「歩もう、二人三脚」 〜もうひとつの学校づくり〜



「既存の教育の枠にはおさまりきらない」子ども達の為に、
全国に先駆けて沖縄でフリースクールを開校され、その
経験を元に現在池田市内で「スマイルファクトリー」を主宰
されています。
|
| 現在は「スマイルファクトリー」代表として、あらゆる子どものいいところをみつけて伸ばすためのサポート活動を行いつつ、行政との連携を視野に「NPO法人トイボックス」を設立。代表理事をつとめる。 |

白井智子 氏
プロフィール
講演後、田村専務理事の謝辞にて終了
子ども達の様々な問題は必ず解決できるといいます。それは「あせらないでじっくりと子どものペースに合わせる事」と
「子どもの話を聞き入れ、信頼関係を築く事」が大事であり、決して諦めることなく親子の信頼関係を取り戻すまでがん
ばってほしいとお話されておりました。
詳しい内容はこちらから
白井氏は松下幸之助の「夢があったら人に語りなさい。そうすると自然と情報が集まってきて、応援してくれる人も
出てきて夢って自然にかなっていくもんだ」との言葉に、胸励まされました。
そうするうちに沖縄でのフリースクールの立ち上げの話に出会った。
校長にならないかという話はトントン拍子にすすみ、立ち上げ準備と募集を開始し、わずか1年近くで全国から130人の生徒も
集まりスタートとなった。みんなの良いとこ見つけて伸ばしていく学校であった。集まった生徒の中には、少年院に行ってた子
やイジメを受けていた子も少なくなかった。みんな口をそろえて「大人は信用出来ない」と言っていた。
そして、何より押し付けが嫌いだった。そこで自分たちで学校のルールを決めさせたが、初日からルールを守る子は一人もお
らず地獄絵図のような日々が続いた。
いつしか地元でも不良の集まる学校と噂されるようになった。
白井さんは最初、生徒一人ひとりの言い分を聞くことに専念しました。
それも一切こちらから反論することなく、とにかく各人の思いを聞いてみた。
「うん、分かるよ、分かるよ」しっかり話を聞いてくれる白井さんのところには毎日のように話を聞いてもらいたい子供たちの長蛇
の列が出来た。みんなが口々にするのは「自分が不幸なのは、親のせいだ、学校せいだ」と周りのせいであるとの訴えばかり。
しかし今まで白井さんのように話を聞いてくれた人はおらず、中には涙ながらに自分の不遇を訴える子もいた。よくよく聞いてみ
ると今まで大人にほめられた事が無い子ばかりだったそうだ。みんな本当に自信を無くしていたのである。
その内、段階を見計って、こちらからの意見を言って良いかなと思える子には「でもね、そうやって人のせいにばかりしてたって
幸せにはなれないのよ」と切り出す。
「でもね」の切り出しに1日かかる子もいれば、2年3年かかる子もいる。
誰だって悩みを持って壁にぶちあたることはある。それで自分で出来ることから少しづつ変えていく努力をしているのである。誰
かに言われたからと止まってしまっては変わらないままなのである。
意識が変わっても習慣を変えることはなかなか難しい。
タバコ吸っていた子に対して白井さんはこう諭したと言います。
「あなたが、タバコを吸ったからと言って、あなたに対する愛情は1ミリも変わらない。私は今もあなたが大好き、非常に良いとこ
があるのも知っているから。だからこそタバコをやめて欲しいの。それに私はあなたがタバコ吸ってるのを見逃すことは出来ない
の。そんなことすれば噂は広まり、学校自体が無くなってしまう。そうなりたくないし、みんなのためにもやめて欲しいの」くる日も
くる日も地道な説得が続いていた。
このままでは学校が潰れる。白井氏は悩んだ末、みんなに全てをさらけ出すことにしました。
「もう、私一人の力ではどうにもならない。このまま、みんな変わらなければ学校は潰れてしまう。」そんな中、子供たちに少しづ
つ変化がみられてきた。
白井さんは子供たちの変化のきっかけとしてポイントがあったからと当時を振り返る。
1つ目は、押し付けの嫌いな子たちが初めて自分で選んで、周りの反対までも押し切ってまで来た学校だったということ。
2つ目は、今までの学校と違って点数評価ではないことに憧れていたこと。
3つ目は、来てみて楽しいと感じたこと。
みんな自分たちで選んだ学校である。やはり学校が無くなることには抵抗が強かったようだ。元暴走族のリーダーの子を中心に
130人がそれぞれに役割をみつけ学校再建のために頑張った。
ピンチをチャンスに変える中で、自分ってどんな人間なんだろう。どうやって生きていけば良いんだろう。どんな才能があって、ど
んなことを人にやって行けば良いんだろう。各人が気づく良い経験となった。
ご講演の一部内容(抜粋)